福原愛(愛ちゃん)の記録と功績!現在は旦那と子供がいる?両親は?  

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“愛ちゃん”、“泣き虫愛ちゃん”
の愛称で知られる“福原愛”。日本で最も有名な卓球選手と言っても過言ではないでしょう。

そんな彼女の記録と功績を紹介していきますよ!

 

 

プロフィール

基本情報

本名:福原愛(ふくはら あい)

生年月日:1988年11月1日(29歳)

出身地:宮城県仙台市

身長:155cm

選手情報

世界ランキング:最高4位

利き腕:右

所属:ANA(全日空)

獲得タイトル

オリンピック:銀、銅

世界選手権:銀、銅×5

ワールドカップ:銀×2、銅×3

アジア選手権:銀×2銅×6

たくさんのメダルを獲得していますが、唯一金メダルだけは手にすることができませんでした。

母は元卓球選手で最初に卓球の“英才教育”を受けたのは兄だったそうです。その影響で愛ちゃんも卓球を始め、父は中国の元チャンピオンをコーチに迎える等練習環境を整えていたそうですよ。

福原愛が残した記録、功績

15歳でオリンピックに初出場した時から日本のエースとして活躍してきた愛ちゃん。

日本卓球界の歴史に残る快挙を成し遂げていますよ!

日本卓球史上初のメダル

シングルスでベスト16、団体で4位と涙を飲んだ北京オリンピックから4年後の2012年、ロンドンオリンピックに出場した彼女は、自身初となるシングルスで準々決勝進出を果たします。準々決勝では世界ランキング1位の中国の『丁寧』と対戦し、惜しくもストレート負けを喫しました。

続く団体戦には平野早矢香、石川佳純と共に出場し日本卓球史上初の決勝進出を果たします。決勝戦では中国に力の差を見せつけられ、ストレート負けを喫し2位に終わりましたが、日本卓球史上初の銀メダル獲得という快挙を達成しましたよ。

五輪2大会連続メダル獲得

2016年、27歳で迎えたリオデジャネイロオリンピックではシングルスで準決勝に進出するも敗退し、三位決定戦では『キム・ソンイ』に敗れメダルを逃してしまいます。ちなみに『キム・ソンイ』は三回戦で『石川佳純』を下していますよ。

団体戦では『石川佳純』と『伊藤美誠』をキャプテンとしてサポートし二大会連続のメダルとなる銅メダルを獲得しました。

かつての「泣き虫愛ちゃん」が表彰台で見せた涙は日本中を感動で包みました。

面白いエピソード、名言

ここからは愛ちゃんの面白いエピソードや名言を紹介します。

天才少女と呼ばれていた頃の活躍や旦那さんと子供についても触れていますよ!

泣き虫愛ちゃん

幼稚園児だった福原は、小学生の大会で快進撃を続け“天才卓球少女”と呼ばれるようになります。また、泣きながら厳しい練習に耐える姿や試合中に泣き出す姿から“泣き虫・愛ちゃん”とも呼ばれるようになって、一躍国民的アイドルとなりましたよ。

バラエティ番組に出演することも多くなり、明石家さんま、デーモン小暮、南原清隆等の多くの芸能人に泣かされていますよ。

天才天才と言われて

1992年、愛ちゃんが初めてラケットを握ったのは3歳でした。毎日の厳しい練習の成果として数々の大会で優秀な成績を収め、最年少記録を次々と更新していきました。

そんな彼女の姿をメディアが「天才少女」、「天才」と表現することはしょうがないような気もしますが、そう言われることに彼女は疑問を抱えていました。『天才=努力をしない』と思われたくない一心でこんな名言を残していますよ。

「私、誰よりも練習してるよ。他の子がみんな帰っても、ひとりで練習してるよ」

彼女が初めてラケットを握った日からオリンピックでメダルを獲得するまで実に20年、20年間の“努力”で掴み取った栄光でした。

愛ちゃんの現在

あの“泣き虫愛ちゃん”も2016年についに結婚しましたよ。お相手は台湾人で卓球の台湾代表選手である『ジャン・ホンジェ』という人です。2017年にはブログで第一子となる女の子を出産したことを発表しています。

幸せいっぱいの奥さんという感じですが、本人は現役続行と東京五輪を目指すことも公言しています。これからも愛ちゃんの活躍に注目ですね。

2018/10/23追記

10月21日に自身のブログで引退を発表しました。

2017年に第一子を出産した際には、現役続行を明言したので少し残念な気持ちもありますが、長年卓球界の盛り上げてきた彼女に「お疲れ様でした」と言いたいですね。

まとめ

あの石川佳純や伊藤美誠も愛ちゃんに憧れて卓球を始めており、今では世界で戦う選手として日本を引っ張っています。

愛ちゃんがいたからこそ、卓球がこれほどまでに注目されるスポーツになりました。日本卓球界のレベルを引き上げた彼女の今後の活躍にも期待したいですね。