身長159cmの天才セッター「竹下佳江」の現役時代の凄さってなに?

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日本女子バレー史上最強セッター“竹下佳江”。

彼女の輝かしい功績とそこに至るまでの険しい道のりを分かりやすく紹介します!

 

 

プロフィール

基本情報

本名:竹下佳江(たけした よしえ)

ニックネーム:テン

生年月日:1978年3月18日(32歳)

出身地:福岡県北九州市

身長:159cm

体重:52kg

選手情報

ポジション:セッター

利き手:右

日本代表での獲得メダル

・グラチャン(2001年)銅メダル

・世界選手権(2010年)銅メダル

・オリンピック(2012年)銅メダル

今何してる?

2013年に現役を引退し、元プロ野球選手の江草仁貴と結婚した後お子さんも生まれています。

2016年から兵庫県姫路市の女子バレーチーム「ヴィクトリーナ姫路」の監督に就任しています。

竹下佳江が残した記録、功績

竹下佳江が残した偉大な功績を紹介します。

日本代表チームの中心、司令塔のセッターとして世界を相手に奮闘し悲願のメダル獲得にも大きく貢献しています。

世界最小・最強セッター

今さら言うまでもなく、リベロは例外としてバレーボールは身長で優劣が決まると言っても過言ではありません。

しかし、日本が実に28年ぶりのメダルを獲得した、2012年ロンドンオリンピックで司令塔のセッターを務めた竹下はなんと身長がたったの159cmでした。

“たったの”とは言い方が悪いですが、世界中がセッターの大型化にシフトしていた時代に、竹下の存在はそれほど際立ったものだったのです。

世界はおろか、日本でも「セッター竹下」の起用に疑問を抱く声がありましたが、159cmという小さな体で精密機械のようなトスを上げ、広い視野と強烈なキャプテンシーを併せ持った彼女は、セッターに必要な要素が全て揃った世界でも屈指の名セッターとして名を馳せていくのです。

当時は“世界最小・最強セッター”として各国からマークされていた程でしたよ。

そして、2010年世界選手権では32年ぶり、2012年ロンドン五輪では28年ぶりとなるメダル獲得の中心選手として活躍しました。

面白いエピソード

ここからは竹下佳江の面白いエピソードや名言を紹介します。

ロンドン五輪でのメダル獲得という栄光までには、地獄とも呼べる試練が彼女を待ち受けていました。

一度はバレーをやめた

今でこそ伝説のセッターと呼ばれ、2012年ロンドン五輪では英雄扱いされた彼女ですが、彼女のバレー人生は決して順風満帆ではありませんでした。

2000年に日本代表に召集された竹下は正セッターに大抜擢されます。

そして、臨んだ2000年シドニー五輪最終予選でしたが、日本は3勝4敗の6位で敗れ、日本女子バレー史上初となるオリンピック予選敗退という結果に終わってしまったのです。

すると、「あんな小さい選手を入れたから負けたんだ」と日本中が竹下一人に大バッシングを浴びせました。

彼女は、いわゆる“戦犯”にされてしまったのです。

「人を殺めてしまった犯罪者のようでした」

後に本人がこう語っていたことからも、当時の竹下に対する風当たりが非常に厳しいことがわかります。

そして彼女は、シドニー五輪の責任を感じ2002年に所属していたNECを退社しバレーボールから離れています。

退社後は地元の北九州に帰り、介護の仕事をしようとハローワークに通っていたそうです。

ドン底からの復活

バレーを離れ地元に帰郷していた竹下でしたが、当時のJTマーヴェラスの監督から「一緒にJTのVリーグ昇格、制覇という夢に挑戦してほしい」と熱烈なオファーを受けバレー界に復帰します。

そして、彼女はすぐにチームの中心的存在になり、本当にチームをVリーグ昇格に導きました。

その後、再び日本代表に選出され続けた彼女は、3大会連続でオリンピック本戦に出場し、2012年ロンドン五輪では日本に28年ぶりのメダルをもたらしました。

かつて戦犯扱いされた彼女は、「日本歴代最強セッター」と呼ばれ引退した今では伝説となっています。

ちなみに、2011年にはJTマーヴェラス初のリーグ制覇も成し遂げていますよ。

まさに、ドン底からの復活逆転劇ですね。

苦しいときに聞きたい名言

「苦しんだ分だけ人は成長できる」

これは、とある高校で生徒たちに向けた公演で彼女が言った言葉です。

シドニー五輪予選後、本当に苦しんで苦しんだ彼女だからこそ言える言葉ですよね。

公演では、さらに「色んな道で悩んでも、考えることから逃げずに、頑張る過程を大切にしてほしい」とメッセージを送っています。

まとめ

彼女のように、栄光も地獄も味わったバレー選手というのは少ないのではないでしょうか。

しかし、その経験が彼女の精神的な強さとなりチームをまとめるリーダーシップの礎となっています。

この歴代最強セッターを超える選手が台頭してくれば、再び日本が“東洋の魔女”と呼ばれ世界のトップとなれる日がくるのかもしれませんね。