長谷川穂積の戦績!vsウィラポンからvsモンティエルの引退試合まで

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歴代最強の日本人ボクサーの一人、長谷川穂積はいかにして3階級制覇を成し遂げたのか?
その偉大な功績をわかりやすく解説します!

 

 

プロフィール

基本情報

名前:長谷川穂積(はせがわ ほづみ)

生年月日:1982年10月11日(35歳)

出身:兵庫県西脇市

身長:168cm

選手情報

階級:バンタム級、スーパーバンタム級、フェザー級

スタイル:左ボクサー

プロでの戦績

総試合数:41

勝ち:36

負け:5

KO勝ち:16

長谷川穂積の記録、功績

長谷川穂積の残した偉大な記録や功績を紹介しますよ。

3階級制覇までの軌跡を辿っていきます。

世界王座10連続防衛

1999年のプロデビューから「負け知らず、無敵」というわけでは決してありませんでしたが、試合で経験を積み着々と実力をつけていきます。

デビューから4年半でOPBF東洋太平洋バンタム級王座を奪取、その後3度の防衛を果たしタイトルを返上し世界へと動き出します。

2005年、当時WBC世界バンタム級王者だったウィラポン・ナコンルアンプロモーションへの挑戦が決定。この相手が強いのなんの。

王座を15戦連続防衛中で6年以上もの間ベルトを保持し続けた絶対王者です。また、過去には日本人ボクサーを6度も退けており、日本人ボクサーと縁があるようでした。

試合は中盤こそウィラポンが王者の意地を見せましたが、終始長谷川優勢な状況。文句なしの判定勝ちで新チャンピオンとなりました。

その後、10試合連続防衛で王座を5年間守り続け、連続防衛の数は具志堅用高の日本記録に迫る勢いでしたよ。

しかし、11回目の防衛戦でWBOで3階級制覇を成し遂げたフェルナンド・モンティエルに敗北し5年間守ってきた王座から陥落することになります。

飛び級での2階級制覇

モンティエルとの再戦を熱望した長谷川陣営でしたが、交渉は難航し再戦は難しいと判断。その後2つ上のフェザー級への転向を表明します。

2010年、フェザー級王座をかけファン・カルロス・ブルゴスと対戦し、結果は3-0で判定勝ち。日本人として初の飛び級での2階級制覇を達成します。

モンティエル戦で右顎の骨を骨折するという怪我を負いながらも、バンタム級王座陥落からたったの7ヶ月で王座に返り咲いたのでした。

しかしその翌年、初の防衛戦でジョニー・ゴンザレスにTKO負けを喫し1度も防衛することなく王座から陥落します。

3階級制覇達成

2013年、フェザー級から1つ下のスーパーバンタム級への転向を表明します。

スーパーバンタム級のベルトを目指すも、今度はフェザー級転向の時のように上手くはいきませんでした。

ノンタイトル戦2試合を勝利で収めたあと、2014年、IBFスーパーバンタム級王者のキコ・マルチネスと対戦するも7ラウンド途中でTKO負けを喫し、3階級制覇は失敗に終わります。

引退も囁かれた長谷川ですが、現役続行を表明し、さらにノンタイトル戦を2試合をこなしたあと、2016年にWBC世界スーパーバンタム級王者であるウーゴ・ルイスとの対戦が実現します。

この時点で既に35歳を迎えていた長谷川は、KO率の高いハードパンチャー相手に真っ向から勝負し、9回終了時に相手を棄権に追い込み王座を奪取。3階級制覇を達成したのです。

同年12月、「9月16日の試合を最後としたい」とチャンピオンのまま現役を引退することを表明しました。

面白いエピソード、名言

ここからは長谷川穂積にまつわる面白いエピソードや名言を紹介していきますよ。

わざと赤点を取って留年

長谷川は中学卒業後、全日制の高校を留年を理由に中退していますが、その理由が熱いです。
当時、今の奥さんとなる彼女と遠距離恋愛となったのですが、彼女と同棲したいがためにわざと赤点を取りまくって、意図して留年したそうです。

嫁はん、どこ?

長谷川の3階級制覇の試合であり、引退試合にもなった伝説の試合に、なんと彼の奥さんと子供は遅刻してきたんです。

そんなことを知る由も無い長谷川は、リングに上がり家族が座っているはずの空席に向かって拳を向けました。

家族がいないことに気づいた彼は「嫁はん、どこ?」と呟いていましたよ。
家族は国歌斉唱の途中で会場入りし、なんとか試合開始までには間に合いました。

なぜチャンピオンになれたか?

彼は、「チャンピオンになるために特別なことはしていません。ただ大好きなことを一生懸命頑張るだけです。」と語っています。

好きこそものの上手なれと言います。彼は本当に心の底からボクシングが大好きだったのでしょう。

チャンピオンになるための努力は並大抵のものではないと思いますが、それもボクシングが大好きだから続けてこられたんでしょうね。

まとめ

現在はボクシングのフィットネスジムを経営し、本人も仕事などの予定がなければ顔を出しています。フィットネスを通してボクシングに触れ合う機会を与えることで、ボクシングの人気を支えたいとの理由です。

伝説の世界王者のこれからの活躍にも要注目です。