福本豊が残した凄まじい成績とは?更新不可能な大記録と名言!

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今回は盗塁のスペシャリスト『世界の福本』こと福本豊について解説します。

その足の速さはまさに規格外です。その優れた身体能力で世界レベルの偉業を達成していますよ。

 

 

プロフィール

基本情報

名前:福本豊(ふくもと ゆたか)

生年月日:1940年6月19日(77歳)

出身: 大阪府大阪市生野区

身長:168cm

体重:68kg

選手情報

ポジション:外野手

投打:左投げ左打ち

最高年俸:6300万円

選手期間:1969-1988

経歴(括弧内はチーム在籍年度)

阪急ブレーブス(1969 - 1988) 現オリックスバファローズ

 

福本豊の記録、功績

福本豊の残した偉大な記録や功績を紹介しますよ。

あの偉大な選手たちを圧倒する記録を叩き出していますよ!

通産盗塁数歴代1位

1968年、ドラフト7位で入団した福本は、たったの38試合にしか出場できず、盗塁も4つしか成功させていませんでした。しかし、その次のシーズンから盗塁を量産し始め75盗塁で最多盗塁のタイトルを獲得。その後、1982年まで13年連続でタイトル獲得というもの凄い記録を打ち立てています。王貞治の13年連続本塁打王に匹敵すると言われました。

1991年、メジャーリーグの「リッキー・ヘンダーソン」という選手に抜かれるまでは、世界一の盗塁王でした。これが『世界の福本』と呼ばれる所以です。福本の記録は現在でも世界2位の記録となっており、日本プロ野球ではもちろん歴代1位の記録です。

ちなみに、日本プロ野球の歴代盗塁数トップ5は以下のようになっており、福本の記録の凄まじさがよくわかります。

1位.福本豊選手(1065個)

2位.広瀬叔功選(596個)

3位.柴田勲選(579個)

4位.木塚忠助選手(479個)

5位.高橋慶彦選手(477個)

盗塁だけじゃない

福本豊は3塁打の数でも歴代1位の記録保持者です。俊足ならではの記録ですね。

また、通算安打数も2543本で歴代5位と好打者ぶりを発揮しています。『出塁さえすれば自動的にツーベースヒット』と、相手チームから恐れられました。最強の1番バッターとして1971年からの8年間で6度のリーグ優勝、さらに3年連続の日本シリーズ優勝に大きく貢献しました。

福本が残したシーズンの最多盗塁記録はなんと106個です。ここ10年での最多盗塁記録は多くても60個となっており、この記録がどれほど凄いかを物語っています。

面白いエピソード、名言

ここからは福本豊にまつわる面白いエピソードや名言を紹介していきます。

彼の人柄がよくわかりますよ。

ドラフトに気づいていなかった!?

福本は高校卒業後、松下電器(現パナソニック)に入社し社会人野球に参戦していましたが、1年目の福本のプレーにプロ野球のスカウトが目を付けました。

そして、福本は阪急ブレーブスから7位指名を受けることになったのですが、まさか自分がドラフトに指名されるなど思っておらず、ドラフトにかかったことを全く知らなかったそうです。翌朝会社の先輩がスポーツ新聞を読んでるのを見て「なんかおもろいこと載ってまっか?」と話しかけたところ、「おもろいことってお前、指名されとるがな」と言われ、初めて自分が指名されたことを知ったそうです。

幻の国民栄誉賞

盗塁の世界記録記録を塗り替えた後、当時の中曽根康弘首相から国民栄誉賞を打診されましたが、「立ちションもできんようになる」と辞退しています。

本塁打で世界記録を更新し、国民栄誉賞の第一号となった王貞治のような「野球人の手本」になれる自信がなかったことや趣味が麻雀であったり、煙草もたしなむため他の受賞者に迷惑がかかると考えたと後に語っています。

盗塁王の誕生

阪急ブレーブスに入団した当時、チーム内でもずば抜けて足が速かったわけではありませんでした。その証拠に1年目には4盗塁という記録に終わっています。そんな福本が2年目から俊足を生かし盗塁を量産するきっかけになったのは春のキャンプのことです。

1964年東京オリンピックの400メートル走選手が臨時コーチでやってきて、腕の振りを指摘されたり、腿上げトレーニングを繰り返しさせられたりしたことで才能が開花したといいます。

そんなことある?と思いますが、彼の走塁を映像で研究した際、「陸上短距離選手が理想とするような走り方である」との結果が出ています。あのキャンプで陸上選手の走り方をものしてしまったのは、やはり才能ですね。

天性の洞察力

打撃力の向上とともにレギュラーを勝ち取りましたが、初めは盗塁王どころか失敗ばかりしていました。

福本は自分がプロに在籍した証を残そうと、友人に8ミリカメラで試合を撮影してもらっていたそうなんですが、自宅でその映像を眺めていた彼は、投手にそれぞれ個性があることを発見します。

それ以降、福本は「相手投手のクセではなく、投球リズムを盗んだ」と盗塁を量産し、世界の盗塁王としての才能を開花させたのです。 

まとめ

近代野球で彼の記録を抜くような選手はおそらく現れないと思います。これからも半永久的に歴代1位記録保持者として「福本豊」の名前が刻まれ続けるでしょう。

野球解説者、野球評論家、タレントとしての彼の発言にも注目ですね。