最強伝説!ファイティング原田って誰?マイクタイソンとの関係は?  

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今回は日本ボクシング史上最強との呼び声高い“ファイティング原田”について紹介します。

世界的にも認められている彼の記録と功績を5分でわかりやすく紹介していきます!

 

 

プロフィール

基本情報

リングネーム:ファイティング原田

本名:原田政彦(はらだ まさひこ)

生年月日:1943年4月5日(75歳)

出身地:東京都世田谷区

身長:160cm

選手情報

スタイル:ボクサータイプ

階級:フライ級、バンタム級、フェザー級

プロでの戦績

総試合数:63

勝ち:56

負け:7

KO勝ち:23

 

弟も『牛若丸 原田』という元プロボクサーで、元日本チャンピオンですよ。

ファイティング原田が残した記録、功績

現在よりも世界王座の価値が高かった時代、彼が残した素晴らしい成績とはなんだったのでしょうか。

日本人で唯一の功績も残していますよ!

日本人初の二階級制覇

1962年、偶然にも世界王者への挑戦権が回ってきます。原田は見事このチャンスをモノにし19歳で世界フライ級チャンピオンになりましたよ。

しかし、3ヶ月後に王座防衛に失敗し、減量苦を理由にバンタム級へと転向します。

1965年、『黄金のバンタム』と呼ばれた「エデル・ジョフレ」と世界バンタム級王座をかけた一戦が組まれます。「エデル・ジョフレ」はバンタム級史上最強とする専門家も多く、めちゃくちゃ強い最強の相手でした。

原田の圧倒的劣勢という前評判の中、試合は判定までもつれ込み僅差で原田が勝利を手にしたのです。これが、日本ボクシング史上初の二階級制覇となりました。

世界ボクシング殿堂入り

“世界ボクシング殿堂”とは、ボクシングに多大な功績を残した人物を称える博物館のことであり、殿堂入りすることはボクサーにとって最大で最高の栄誉だと言ってもよいでしょう。

日本人ボクサーで世界ボクシング殿堂入りした選手は『ファイティング原田』ただ一人ですよ。いかに世界的に高い評価を得ているのかがよくわかりますね。

ちなみに、“世界ボクシング殿堂”とは別に“国際ボクシング名誉の殿堂博物館”という類似施設があります。こっちでは、『ファイティング原田』はもちろん『具志堅用高』と『大場政夫』も殿堂入りしています。

面白いエピソード、名言

ここからはファイティング原田の面白いエピソードや名言を紹介します。

幻と消えた三階級制覇やマイクタイソンについての伝説等をみていきましょう。

幻の三階級制覇

フライ級でデビューした原田は、減量苦のためバンタム級、フェザー級と階級を上げていくことになります。

1969年、フェザー級の世界王座を賭けた試合に臨んだ原田ですが、凄まじいアウェイの洗礼を受けることとなるのです。

王者の地元オーストラリアでの一戦に臨んだ原田は圧倒的な力を見せつけます。2R、11R、とチャンピオンからダウンを奪い、14Rには相手を失神させる程の強烈なダウンを奪いました。

もはや立つことができないのは誰の目から見ても明らかでしたが、レフェリーはカウントをしないどころか、失神状態のチャンピオンを無理やり立たせ試合を続行します。

試合は判定にもつれ込み、結果はなんと引き分け。原田がベルトを手にすることはなくなり、三階級制覇は幻となりました。

視聴率の帝王

ファイティング原田の世界戦は、日本のテレビ歴代視聴率トップ25に6つもランクインしています。

・歴代5位 63.7% 1966年5月31日、世界バンタム級タイトルマッチ

・歴代8位 60.4% 1965年11月30日、世界バンタム級タイトルマッチ

・歴代13位 57.0% 1967年7月4日、世界バンタム級タイトルマッチ

・歴代22位 54.9% 1965年5月18日、世界バンタム級タイトルマッチ

・歴代23位 53.9% 1967年1月3日、世界バンタム級タイトルマッチ

・歴代25位 53.4% 1968年2月27日、世界バンタム級タイトルマッチ

凄まじい視聴率です。いかに国民がファイティング原田を応援していたのかがわかりますね。

マイクタイソンとの関係

あの元世界ヘビー級チャンピオンの「マイク・タイソン」はファイティング原田の大ファンなんです。

二人の体格こそ全く違いますが、タイソンは原田の試合のビデオをみて、そのファイティングスタイルを研究していたといいます。

まとめ

今でこそ、ボクシングには4団体17階級があり世界チャンピオンが70人前後いますが、ファイティング原田の時代には、1団体8階級で世界チャンピオンが8人という状態でした。

世界王座の価値は今と比べられないほど高く、これが“最も偉大な日本人ボクサー”と言われ世界的評価も高い理由となっています。