中山雅史(ゴン)の凄さって?現在は復帰した?ギネス記録や名言も!

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ゴンの愛称で知られる中山雅史。サッカーに詳しくない人も聞いたことぐらいあるでしょう。でも具体的に何が凄かったんでしょう?

日本サッカー界の歴史に残るものすごい記録と伝説の数々を残していますよ!

5分で分かりやすく紹介していきます!

 

プロフィール

基本情報

名前:中山雅史(なかやま まさし)

ニックネーム:ゴン

生年月日:1967年9月23日(50歳)

出身地:静岡県藤枝市

身長:178cm

体重:72kg

選手情報

在籍チーム:アスルクラロ沼津

ポジション:FW

利き足:右足

背番号:39

 

現在Jリーグ現役最年長の“キングカズ”に次いで二番目の年長者ですよ。どちらも50歳を超えており、もう凄すぎて言葉もでません。

中山雅史が残した記録、功績

中山雅史が残した凄すぎる記録の数々を紹介します。

世界記録をいくつも達成していますよ!

連続ハットトリックで世界記録

1998年、Jリーグは“ゴンの年”だったと言っても過言ではないでしょう。

対セレッソ大阪戦で一人で5得点を決める大活躍をみせ『1試合1人での最多得点』のJリーグ1位タイ記録となります。

すると、これを皮切りに続く3試合でも4得点、4得点、3得点とまさに無双状態ですよ。

この4試合連続ハットトリックは当時ギネス世界記録として掲載されました。(残念ながら2016年に海外の選手によって塗り替えられています)

その後も1試合に1得点のペースでガンガン得点を決め、27試合で36得点を叩き出し得点王に輝きます。この記録は、現在でも『リーグ戦の最多得点記録』となっていますよ。

最短ハットトリックで世界記録

2000年に行われたアジアカップの予選ブルネイ戦で、なんと試合開始からたったの3分15秒でハットトリックを達成しました。

これは“国際試合における最短ハットトリック”としてギネス世界記録に掲載されました。

ちなみに、これ以前の記録は、1938年にイングランド代表選手が残した3分30秒でしたよ。

史上初の150ゴール達成

2005年にJリーグ史上初の個人150ゴールを達成しました。

現在でも個人150ゴールを達成した選手は5人しかいませんよ。

最年長J1出場記録

2009に“42歳2ヶ月と5日”で当時ラモス瑠偉が持っていた最年長J1出場記録を更新しました。

そして、自身が持つ記録を2012年に“45歳2ヶ月と1日”まで伸ばしています。また、同年に現役引退を発表しましたよ。会見では「引退」という言葉を使わず「第一線を退く」という言葉を使いました。

そして、その言葉通り2015年にアスルクラロ沼津に入団し現役復帰を果たしました。同チームはJ3リーグに所属しており、“第一線で活躍する選手”とは言えませんが、現役のプロサッカー選手として活躍しています。

面白いエピソード、名言

ここからは中山雅史の面白いエピソードや名言を紹介します。

ワールドカップでの伝説のプレーとは!?

ゴンとワールドカップ

彼は『ドーハの悲劇』、『1998年W杯』、『2002年W杯』を日本代表として経験した唯一の選手なんですよ。

『ジョホールバルの歓喜』で日本がW杯初参戦を決めてから日本のサッカーのレベルは著しく向上しました。

中山雅史は日本が歩んだワールドカップの歴史そのものと言っても過言ではありません。

『ゴン』の由来

『ゴン』というニックネームは、中山が筑波大学サッカー部時代に先輩から付けられたんですよ。

当時の中山の顔立ちが、TV番組「オレたちひょうきん族」でビートたけしさんが演じたキャラクター「鬼瓦権造(おにがわら・ごんぞう)」に似ていたからという理由だそうですよ。

足を骨折しても…

『1998年W杯』のジャマイカ戦に日本代表として出場し、相手選手との接触で足を骨折してしまいます。

しかし、足を骨折しながらも試合終了まで走り続け、日本代表としての誇りと魂の象徴として今でも伝説となっています。

また、この試合で日本代表のワールドカップ初ゴール・日本人初ゴールを決めていますよ。

かっこいい名言

「なんでサッカーを始めたかと言われれば、そこにサッカーがあったからかな」

なんていうか、理屈じゃないんでしょうね。

本能でサッカーを愛しているような、中山らしさが溢れる名言です。

まとめ

JリーグやW杯において、数々の伝説と共に日本のサッカーを牽引してきたゴン中山。

50歳を超えた今でも現役を続ける彼は、デビュー当時から変わらず本当にサッカーを愛しているんだなぁと感じます。

これからどんな伝説を作り上げるのかとても楽しみですね。