浅田真央の現役時代って?伝説のソチ五輪フリー!タイトルはいくつ?  

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今回はフィギュアスケーターの“浅田真央”について紹介します。

国民的ヒロインとして、日本中から応援された彼女の活躍とはどんなものだったのでしょうか?

 

 

 

プロフィール

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基本情報

名前:浅田 真央(あさだ まお)

生年月日:1990年9月25日(27歳)

出身:愛知県名古屋市

身長:163cm

体重:47kg

姉もフィギュアスケーターの『浅田舞』ですよ!

 

獲得タイトル

 

オリンピック:銀

世界選手権:金×3、銀、銅

四大陸選手権:金×2、銀×2、銅

グランプリファイナル:金×4、銀×2

世界ジュニア選手権:金、銀

ジュニアグランプリファイナル:金

 

浅田真央の記録、功績

彼女が残した記録や功績を紹介しますよ。

オリンピックで何個のメダルを取ったのか?

ソチ五輪での伝説の演技にも触れています!

バンクーバー五輪で銀メダル

幼少期から『天才少女』と注目され続けた浅田が初めて挑んだオリンピックがバンクーバー五輪でした。

 

代名詞である“トリプルアクセル”を一つの大会で3度成功させ、女子史上初の快挙を成し遂げるなどの活躍をみせますが、ライバルの『キム・ヨナ』に敗れ、惜しくも銀メダルとなりました。

 

フィギュアスケートは2年に一度のペースで採点基準の変更がありますが、“トリプルアクセル”などの高難度ジャンプの基礎点が上がったのはその翌シーズンからだったのです。

 

ソチオリンピックフリー“伝説の4分間”

バンクーバー五輪から4年後のソチ五輪を目指し、苦しみながらも成長した4年間。「今度こそ金を!」という国民の期待は、浅田にとって想像もつかない程のプレッシャーでした。

 

集大成として臨んだショートプログラムで、緊張や押し潰されそうな重圧の中、代名詞である“トリプルアクセル”を含め全てのジャンプでミスしてしまいます。

 

結果は16位ともはや挽回不可能な状態でした。メダル獲得は絶望的となり、インタビューでは「何もわからない」と放心状態でした。

 

しかし、翌日のフリーでは冒頭のトリプルアクセルを綺麗に着氷し、さらに、女子史上初となる全6種類、計8度の3回転ジャンプを着氷し自己ベストを更新する完璧な演技を披露したのです。

 

演技直後は涙を浮かべ、歓声に笑顔で答えてリンクを去りました。

メダル獲得はなりませんでしたが、世界中が感動に包まれました。

 

 

エピソード、名言

ここからは浅田真央に関する面白いエピソードを紹介していきますよ。

トリノ五輪に出場できなかった理由についても触れています。

トリプルアクセルへのこだわり

浅田真央のスケート人生は、トリプルアクセルとともに歩み、トリプルアクセルとともに終えたと言えるでしょう。

 

『伊藤みどり』に憧れて、初めて“トリプルアクセル”を成功させた12歳の日から10年以上もチャレンジし続け、時には苦しみながらも共に成長してきました。

 

 

あるコーチは「このジャンプを回避さえすれば優勝回数はもっと多かったかもしれない」と言いましたが、「跳ばずに勝っても、うれしくない」と浅田は“トリプルアクセル”にこだわり続けました。

 

その証拠に、彼女は公式戦でなんと“89本”ものトリプルアクセルに挑戦していたのです。

 

幻のオリンピック

浅田真央がグランプリファイナルに初出場したのは、まだあどけなさが残る15歳のときでした。代名詞となる“トリプルアクセル”を決めるなどの活躍で初優勝を飾り、会場は大歓声に包まれました。

 

当然、次回トリノ五輪での金メダル候補に名が挙がりますが、年齢制限のため惜しくも出場できませんでした。国際スケート連盟が定める年齢までわずか87日足りなかったのです。

 

ちなみに、トリノ五輪では『荒川静香』が見事金メダルを獲得しましたよ。

 

まとめ

あの屈託の無い笑顔で、本当に楽しそうに演技する彼女に日本中は魅了されていました。

残念ながら五輪での金メダル獲得はなりませんでしたが、ソチでの彼女の演技は、私達に“最後までやり抜くこと”を身をもって教えてくれました。

 

現役は引退しましたが、プロスケーターとしての彼女のパフォーマンスにも注目です!