5分で知る中嶋常幸!不運のゴルファー?マスターズでの悲劇とは?

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今回は“不運のプロゴルファー”『中嶋常幸』について紹介します。

『AON』の一人として、日本ゴルフ黄金時代を築きましたよ。

 

 

 

プロフィール

基本情報

名前:中嶋常幸(ナカジマツネユキ)

本名:中島常幸(ナカジマツネユキ)

生年月日:1954年10月20日(63歳)

出身地:群馬県

身長:180cm

体重:80kg

メジャー最高成績

マスターズ:8位

全米オープン:9位

全英オープン:8位

全米プロゴルフ選手権:3位

成績

優勝回数:55回

賞金王:4回

 

※メジャーとは、ゴルフにおいて最も権威のある4つのトーナメントのことであり、これらで優勝する事はゴルファーにとって最高の名誉なのです。

 

ライバルの青木功、尾崎将司とともに日本ゴルフ界を牽引した名選手で、彼らが活躍した時代は、それぞれの頭文字を合わせ「AON時代」と呼ばれました。

 

中嶋常幸が残した記録、功績

日本から世界へと羽ばたいた中嶋常幸の記録を紹介しますよ。

輝かしい記録を残しています。

世界4大メジャーでトップ10

マスターズ、全米オープン、全英オープン、全米プロゴルフ選手権の世界4大メジャーの全てで10位以内に入る成績を残しています。

これは日本人で中嶋常幸ただ一人の大記録となっています。

 

面白いエピソード

ここからは中嶋常幸に関する面白いエピソードを紹介していきますよ。

積極的にメジャーへ挑戦しますが、あと一歩のところで数々の不運が中嶋に襲いかかります・・・。

 

13日の金曜日に13番ホールで13打

1978年、初出場のマスターズ2日目のことでした。13番ホールのティーショットがクリーク(コース内を流れる小川のこと)に入ってしまいます。

 

さらに、打ち直しの3打目のティーショットでもクリークに入ってしまいます・・・。しかし、ここで中嶋は打ち直しをせずにクリーク内のボールを水中にあるまま打ちました。

ところが、なんとこの4打目が真上に上がり、落ちてきたボールが自分の足に当たりペナルティとなったのです。

 

このとき中嶋はクラブヘッドをクリーク内の地面にこすりつけました。ヘッドに付いた泥を拭いましたが、この行為がペナルティとなってしまうのでした。

結局ボールは打ち直しで、11打目でやっとグリーンオン。13打でやっとホールアウトしました。

 

この日、中嶋は他の17ホール全てでパープレイでした。13番ホールで13打を記録したこの日が13日の金曜日だったことから、今でもゴルフ史に残るエピソードとなっています。

 

トミーズ・バンカー

同じく1978年、全英オープン3日目のことです。首位に1打差と迫る中嶋は、見事に2オンさせたため3打目のバーディーパットが決まれば、首位に並ぶという場面でした。

 

ところが、カップをオーバーしたバーディーパットはそのままグリーンを転がり落ち、バンカーに入ってしまいます。このバンカーは人の背丈ほどの深さがあるバンカーでした。

 

気をとりなおしてバンカーショットに臨む中嶋でしたが、脱出までになんと4打もかかってしまいます。このホールで9打を記録してしまい、優勝争いから脱落してしまうのでした。

 

中嶋はこの時、「ゴルフがこんなに残酷なスポーツだとは思わなかった。野球なら代打もあるのに、あの突き刺さるような視線の中で、出なくても出なくても最後まで自分でホールアウトしなければならないんだ」と話しています。

 

そして、海外参戦時の登録名が『トミー・ナカジマ』だったことからそのバンカーは“トミーズ・バンカー”と呼ばれていますよ。

 

全米オープン優勝目前で・・・

1987年に開催された全米オープンのことです。15番ホールで単独首位に立った中嶋でしたが、18番ホールの第2打が松の大木に当たり、ボールが落ちてきませんでした。

 

これが痛恨のロストボールとなり、このホールをダブルボギーとして、あと一歩のところで優勝争いから脱落してしまいました。

 

まとめ

数々の不運に襲われた中嶋でしたが、不屈の精神でめげることなくメジャーや海外ツアーに挑戦し続けたのです。

 

その姿勢は日本ゴルフ界の発展に大きく貢献し、世界的なゴルファーとして認められました。