王貞治の現在は?伝説のホームラン王の成績とは?背番号は永久欠番!

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今回は日本球界が生んだ“世界のホームラン王”『王貞治』について紹介します。

野球に詳しくない人も名前ぐらいは聞いたことがあるでしょう。彼が残した数々の伝説を分かりやすく紹介しますよ。

 

 

 

プロフィール

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基本情報

名前:王貞治(おうさだはる)

生年月日:1940年5月20日(78歳)

出身地:東京都墨田区

国籍:中国(台湾)

身長:177cm

体重:79kg

選手情報

背番号:1(永久欠番)

ポジション:一塁手

打席:左投げ左打ち

経歴(括弧内はチーム在籍年度)

・早稲田実業学校高等部

・読売ジャイアンツ(1959~1980)

 

現在は福岡ソフトバンクホークス株式会社取締役会長兼GMとして活躍されています。

同期には板東英二、張本勲などがいますよ。

また、長嶋茂雄と共に伝説のV9時代を牽引しました。

V9とは読売ジャイアンツが9年連続で日本一に輝いたことですよ。

王貞治が残した記録、功績

王貞治はいったいどんな記録や功績を残したのでしょうか。

野球史に残るとんでもない記録を紹介しますよ。

通算868本塁打

野球に詳しくない人がこの“868本”という数字を聞いてもピンとこないかもしれないですが、これは本当に異次元の記録です。

これは通算762本塁打の元メジャーリーガー『バリー・ボンズ』に100本以上の差をつけて“世界一”の記録となっています。

ちなみに、2017年終了時点での現役選手の通算本塁打ランキングは以下のようになっています。

1位.阿部慎之助(388本)

2位.村田修一(360本)

3位.中村剛也(357本)

村田修一は2017年でプロ野球界を退き、阿部慎之助は38歳、中村剛也は34歳と例え40歳まで現役を続けたとしても王貞治の大記録の足元にも及ばないでしょう。というか、あと200年ぐらい王の記録を脅かす選手すら現れないのではないでしょうか。

彼は40歳で現役を引退しましたが、最後のシーズンも30本の本塁打を記録しています。現役を続行していれば“900本”は確実だったでしょう。惜しまれながら「王貞治としてのバッティングができなくなった」という言葉を残しユニフォームを脱ぐこととなったのです。

国民栄誉賞第1号

あの“国民栄誉賞”の受賞者第1号は王貞治なんです。

当時の本塁打世界記録755本を見事に更新した功績として称えられました。

面白いエピソード、名言

ここからは王貞治に関する面白いエピソードや名言を紹介していきますよ。

ピッチャーからバッターに転向

実は高校時代はノーヒットノーランを達成したり、甲子園優勝投手として全国に名を轟かせていたんですよ。

しかし、入団後のキャンプで早々に「明日からもう投げなくていい」と言われてしまいます。しかし、これはクビではなく周りの人はバッターとしての王の才能を見抜いていたのです。

日本刀で素振り!?

バッターに転向した王貞治がすぐに結果を残せた訳ではありませんでした。苦悩の日々があり、試行錯誤を繰り返し辿り着いた先が“一本足打法”という打撃フォームです。

そして、その“一本足打法”を完成させるために取り組んだ練習が、日本刀による素振りでした。これは模造刀ではなく真剣を使っていたそうですよ。畳が擦り減ってささくれができ、練習の次の日は腕が上がらなかったそうです。

まさに血の滲むような努力から、世界の本塁打王『王貞治』が完成しました。

努力とは・・・

『努力は必ず報われる。もし報われない努力があるのならば、それはまだ努力と呼べない。』という名言を残しています。

努力の打者王貞治ならではの名言ですね。

血の滲むような努力をし、結果が出ないときは努力が足りないからだと言い聞かせていたのでしょうか。

まとめ 

私が死ぬまでに彼の記録を超える選手は現れてくれるでしょうか・・・。

本当にそのぐらいありえない大記録を残した選手です。

まだまだここに書ききれないほどたくさんの記録を残しているので、気になった人は調べてみてくださいね。